東京地方裁判所 昭和42年(借チ)1006号 決定 1968年2月08日
東京都練馬区中村北四丁目三番
申立人
甲
代理人
水野東太郎
同
森田倩弘
同都同区中村北三村目一六番地
相手方
乙
代理人
和田泰典
主文
申立人の本件増改築を許可する。
申立人に対し、相手方に金五〇万円の支払いを命ずる。
申立人は前項の金員を、この裁判確定の月の翌月から、毎月末日限り金五万円づつ一〇回に分割支払いをなすことができる。
理由
一申立の趣旨
申立人は、その所有にかかる木造瓦葺平家建店舗兼居宅床面積二〇・四坪(登記簿上一二・五坪)(以下、「本件建物」という。)を取り毀し、木造モルタル鋼板葺二階建店舗兼居宅、床面積一階二三・一五坪(七六・五二平方米)二階二二・六五坪(七四・八七平方米)を新築するについて、相手方の承諾に代わる評可を求める。
二本件資料によれば、次の事実を認めることができる。
1 申立人の父甲′は、昭和八年二月一六日相手方からその所有の練馬区中村北四丁目三番一にある宅地六六〇・九坪(二一八四・七九平方米)のうち東南部六〇坪(以下、「本件借地」という。)を木造建物所有を目的とし、期間を二〇年と定めて賃借をし、昭和九年八月頃本件建物を建築した上で、これを申立人に贈与した。以来申立人が建物の所有者となり、借地人の地位を承継して現在にいたつた。
2 本件建物はその後昭和二七、八年頃店舗部分が改増築され、更に昭和三五年頃居室一室が増築されて、現況のものとなり、本件借地は一部が道路敷地となつたため、現在三三・〇三坪となつている。
3 申立人は、本件建物に居住し、文房具店を経営しているが、店舗が手狭となり、子供の成長とともに居室も少ない上に、本件建物は改築すべき時期に来ているので、この際前記のとおり二階建の建物に改築をする計画をした。
4 本件建物の主要部分は、建築後既に三〇年余を経過しており、かなり老朽化しているが、今後数年のうちに朽廃するとまではいえない。
5 借地契約は、昭和二八年二月に法定更新となつているので残存期間は昭和四八年二月一五日まで、約五年間である。
6 附近は商業地であり、本件借地上に二階建の建物を建築することが周辺に悪影響を与えることはない。また前記改築計画に法令上違反する点は認められない。
三以上の事実によれば、本件増改築については許可するのが相当である。
なお、相手方は本件建物の朽廃による借地権の消滅をまつて、本件土地上に子息の経営する店舗を建築する計画があると主張しているが、前示のとおり本件建物が近々朽廃するとは認められないばかりでなく、その主張の全趣旨からみて、申立てを不相当とする事情として考慮する必要を認めることができない。寧ろ、本件建物が老朽化していることは、本件許可が相手方に与える不利益の評価に際して、一の事情として斟酌すれば足りるものと解すべきである。
よつて、本件申立てを認容し、申立人の計画する改築を許可すべきものとする。
四そこで、附随の処分について考える。
鑑定委員会の意見の要旨は、本件改築を許可すれば、借地法第七条の趣旨からみて、借地権の存続期間は改築の時から二〇年となるものと解されるから、昭和六二年まで(昭和四二年における改築を予定して)となり、改築がなければ満了すべき昭和四八年より一四年の延長となるということを前提とし、一般慣行による更新料を借地権価格の一〇%を本件土地の借地権価格を三・三平方米あたり二一万円と認めて算出された更新料の二〇分の一四にあたる約五〇万円をもつて、申立人から、相手方に支払うことを要する金額としている。
ところで、申立人の改築計画は、本件建物を取り毀して新築するものであるから、借地法第七条にいう建物の滅失にあたるものであり、従つて相手方は同条によりこれに対して異議を述べることができる場合である。しかし、裁判所が相手方の承諾の代わる許可を与えたときは、相手方としてはもはや異議を述べることができないものと解されるから、申立人の改築により借地権の存続期間は当然に建物滅失の日から二〇年となるものということができる。本件建物は改築されない限り、二〇年より早い時期に朽廃にいたることは一応認められるから、本件許可により借地権の存続期間が少なくとも本件建物の朽廃までの期間と二〇年との差だけ延長されることは否定できない(本件建物が借地期間満了の時である昭和四八年二月までに朽廃しなければ、その際更新が問題となるが、本件資料に現われた事情からみて、特別の事由が生じない限り更新される可能性が強いといえるが、改築された場合における二〇年後の更新の有無について、現在予測することは不可能である)。ところで、借地権の存続期間の延長は借地権の消滅をまつてその土地を自ら使用し、又は処分する予定でいる土地所有者に対しては、現実の不利益を与えるものといえるが、借地関係の継続(従前の借地人との間であれ新たに第三者に賃貸する場合であれ)を前提とする限り、法律上不利益となるものとはいえない(鑑定委員会の意見は、現在の借地関係においては、一般的に賃料が著しく低額におさえられているため、借地関係の継続は賃貸人にとつて不利益であり、その不利益は存続期間の満了したとき、借地人に更新料を支払わせることによつて調整することが相当であるとの思想に立つものと考えられる。)しかし、賃料が一般的に著しく低額におさえられているかどうかの点はしばらくおくとしても、更新の有無は賃貸人に更新を拒絶するに足る正当の事由があるか否かによつて定まるものであり、更新料の支払いによる利害の調整を図ることは、要件でないばかりでなく、法の趣旨に合致するものとはいえない。ただ、本件においては建物が老朽しており、やがて、朽廃が問題となるものであるから、本件申立てが許可されることは、賃貸人にとつて朽廃による借地権消滅の際における本件土地の処分の自由を失なうという点、仮りに今後賃貸人に自己使用等正当の事由を生じても、契約を終了させる機会は二〇年後となるばかりでなく、その際に建物買取請求権を行使されると建物を買い取らなければならなくなるという点に、その不利益を認めることができるのであるが、右の不利益は必ずしも確定的に生ずるとはいいがたいばかりでなく、朽廃の時期も明らかとはいえない。このような不利益をいかに評価するかについては、いまだ何らの基準があるとはいえないので、当裁判所は鑑定委員会の意見及び諸般の事情(特に、従来権利金等の支払いがないこと、建築される建物の構造、規模及び申立人において鑑定委員会の意見に従う意思をなしていること)を考慮し、申立人に対して支払いを命ずる金額を鑑定委員会の示す金五〇万円をもつて相当と認め、申立人の希望を斟酌し、右金額を毎月五万円づつの割賦弁済をすることを許すこととする。(西村宏一)